Kyoto Creative Assemblage

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Disclosing our nature. Weaving our future.

設立趣意書

我々は創造性を培うために結集しました。今では創造性が義務になってしまいました。面白いアイデアを出せと言われ、みんな苦しんでいます。個人が一人でうなって考えても、創造的なアイデアが生まれてきて、イノベーションが実現できるわけではありません。

創造性は個人の中ではなく、社会の側にあります。社会の変化を捉えられていないのに、発想しようとしても苦しいだけです。社会の些細な変化をよく見て、風がどこにあるのかを感じ取り、風のあるところでアイデアを考えなければなりません。そして、そこでの小さなアイデアが、人々に新しい風の方向性を示し、力強い風に乗って次の時代を指し示すことになるのです。

創造性の基本は、よく見ることです。美術大学で強調されるのは、上手に描くことではなく、よく見ることだと言います。他の人には見えない色合い、陰影が見えるのです。何かすごいものを作ろうとする前に、まず「社会」をよく見ることが必要です。よく見ることで、社会の違和感を感じ取り、新しい時代を表現することができます。感覚で突き進むのではありません。

創造性は過去のしがらみを離れて自由に発想することではなく、むしろ歴史の文脈に敏感になり、現在を捉え直し、新しい時代を表現していくことです。自由に発想したアイデアには、あまり力を感じません。それが歴史の動きを捉えていないと、ひとつのアイデアにすぎず、社会を変えていくような力強さがないのです。

デザインは歴史の変化を敏感に感じ取って、新しい時代を表現することです。これまで時代を画すようなイノベーションというのは、どれもその時代の人々が感じている小さな違和感を捉えて、新しい自己を表現することを可能にしたものです。

今のデザインは、利用者自身もわかっていない隠れたニーズを発見し、それを満たすことで成功するというように語られます。しかし、潜在ニーズを満たしてくれるようなデザインには、システムに取り込まれていくような喪失感を感じないでしょうか。

私は、むしろ人々を新しい時代に連れ出すようなデザインこそが重要だと思います。それはドキドキする怖い体験です。ニーズを満たして閉じてしまうことでハッピーな状態を作るのではなく、むしろ新しい時代に一歩足を踏み入れる怖い体験を作り出すのです。そのとき人々は今ここで生きていること、他の人々と一緒に時代を作っていることを実感するのです。

そのように歴史をつくることができる人材が、社会を動かします。我々はそういう人材を育成します。

山内 裕
2021

Assemblage アッサンブラージュ

Assemblageは、異質なものが集っていることを意味しています。均質に統合されたものではなく、異質でそれぞれ独立したものが関係し合い、新しい効果を生み出している寄せ集めです。この関係性には緊張感があり、均質になろうとする動きと抵抗して距離を取ろうとする動きの両方がうごめいています。同時に、何か一つのコードに意味を集約するのではなく、意味の多様性を持っている集合です。固定したものではなく、常に生成変化しています。

3大学および多くの企業や行政関係者が参加するプロジェクトですが、これらの参加者が集うとき、この緊張感のある関係の中で、協働することで新しい効果を生み出してこうと考えています。そして、ここに参加するのはリストアップされた人だけではありません。多くのモノ、色、音、多くの考え方、言葉、模様、多くのウィルス、アルゴリズム、データ、多くの文化、スタイル、資本主義が参加します。プロジェクトに空間的な境界はありません。このテキストを読んでいるあなたもAssemblageを形成しています。

そして、Assemblageは人間中心主義を批判する概念でもあります。一人の個人は好きなように行動できるわけではなく、これらの異質な関係性が形成されることで初めて、新しい行為が可能になるのです。我々が考える創造性は、個人の内なる自然から湧き上がってくるものではなく、Assemblageによって可能になるものです。創造性が個人の中ではなく、社会の側にあるというのは、個人もその一部であるAssemblageが創造性の主体であるということです。そして、個人も皮膚の境界の中に閉じ込められた存在ではなく、異種混淆なものの寄せ集めとしてのひとつのAssemblageなのです。

そして、この創造性は、社会の外からアイデアを英雄的に押し付けるものではなく、社会の内側から部分的に解体していくことで、新しいものを生み出すことを意味しています。Assemblageに均質性を拒否するということは、均質性を押し付ける超越的な原理を認めないということです。英雄的な「個人」や重苦しい「社会」などなく、あるのは異質なものの寄せ集めなのです。我々にできるのは、社会の小さな差異を感じ取り、それらを読み替えていくことです。創造性はそこから生まれます。 そしてそのとき我々自身も生成変化します。

Assemblageには、これらの意味が込められています。もともとはGilles DeleuzeとFélix Guattariによって使われたAgencementというフランス語ですが、英語に訳されるときにAssemblageという語が使われるようになりました。Assemblageは、アートでは立体的なコラージュの意味でも使われます。日本語では配列とかアレンジメントが使われますが、アートのニュアンスを保持するために、アッサンブラージュと片仮名で使います。

山内 裕
2021